Se connecter「感想が正しいかどうか、そんなことはどうでもいい。お前には誰にも見えていない世界が見えている、そう思ったんだ。
俺も見える人間だと思ってた。おかげでクラスでも、みんながどう思ってるか、どう望んでるのかを感じることも出来たし、それなりに信頼もされていた」「君の洞察力の深さ、誇っていいと思うよ」
「でもお前には、俺が見えないものまで見えていた」
「買いかぶりすぎだよ。僕にそんな能力」
「いいや、あるね。現に今だって、お前はずっと考えてる筈だ。俺が何を言いたいのか、何を望んでるのか、何に悩んでるのかって」
「それは……いやいや、普通のことだろ? みんなそうして相手のことを考えて、関係をいいものにしようと思って」
「そう言えるお前だから、俺は勝てないと気付いたんだよ。今お前、みんなって言ったよな。でもな、黒木。人ってのは、そこまで相手のことを考えて生きてる訳じゃないんだ。どちらかといえば、どうやって自分の気持ちを伝えようか、そればかり考えてるものなんだよ」
「そう……かな」
「ああそうだ。それに普通の人間は、お前みたいな生き方をしてたら疲れてしまうんだよ。人のことばかり考えて、言葉の裏を探ろうとして、本心を見抜こうとして」
「……」
「俺と一緒に、飯を食いに行くとする」
「飯……う、うん」
「俺は肉が食いたいと言った。お前は蕎麦がいいと思っていた。どうする」
「……肉を食べに行くと思う」
「だろ? でもな、普通は自分が食べたいものを勧めるんだよ」
「そうなのかな」
「ああそうだ。かくいう俺もそうだからな。そしてお前は思う。蕎麦が食べたかったけど、相手が嬉しそうだからこれでよかったって」
「……確かにそうかも知れない。蕎麦を食べられたとしても、僕はずっと気になっていると思う。本当にこれでよかったのか、肉にした方がよかったんじゃない
「穢〈けが〉れてるって……蓮司〈れんじ〉、あなた何を言ってるの」「蓮〈れん〉くん、蓮くんも同じなの? ねえ蓮くん、答えてよ」 自身のことを穢〈けが〉れていると言った蓮司の言葉に、恋〈レン〉も花恋〈かれん〉も動揺した。「僕はね、花恋。今でもずっと、自分のことをそう思ってるんだ」「蓮司あなた……そんな風に思ってたの? そんな風に自分を否定しながら、今まで生きてきたって言うの?」「そうなるね。蓮くん、君もそうなんだよね」「……はい」 言葉と同時に膝から崩れ、蓮が地面に座り込んだ。 頬に涙が伝う。何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」そうつぶやく。 そんな蓮の元に駆け寄り、恋が肩を抱く。すると蓮の感情は更に高まり、涙が嗚咽と共にこぼれ落ちていった。「どういうことなのか、分かるように言って。自分のことを、なんでそんな」「花恋も覚えてるだろ? 僕が中学時代、いじめられていたことを」「……勿論よ。忘れられる訳がないじゃない」「あの三年間は、本当にきつかった。今すぐこの世から消えてしまいたい、そんなことをいつも思ってた」「クラスが別だったし、蓮司も話してくれなかったから、詳しくは分かってないと思う。でも友達から聞かされてたし、酷い目にあってることは分かってた」「酷いなんてものじゃなかった。まあ教師の言葉を借りるなら、いじめられる僕にも原因があるらしいけどね」「何よそれ。そんな馬鹿なこと言った教師がいたの? その時に聞いてたら私、絶対職員室に怒鳴り込んでたわ」「花恋ならそうしてただろうね。でもね、いじめを受けてます、こんな酷いことをされてます。そんなことを話すなんて情けないって思ってた。そしてそれ以上に僕は、花恋を巻き込みたくなかった。優等生の花恋が職員室に怒鳴り込んでいく、そんな光景は見たくなかったんだ」「いじめられてる側に原因があるなんて、それは加害者側の屁理屈じ
「まず初めに聞いておきたいです。二人はお互いのこと、どう思ってますか」 緊張気味な面持ちで、恋〈レン〉が二人に尋ねる。「もう一度聞くんだ」 花恋〈かれん〉の自嘲気味な笑みに、恋は小さくうなずいた。「ごめんなさい。でも、スタートがはっきりしてないと進めないと思うんです。お二人の気持ちは昨日、確かに聞きました。でもそれは、私への返答です。お二人共、落ち込んでる私に気を使っていたのかもしれません。だからもう一度、お互いの顔を見て答えて欲しいんです」「……分かった。ちゃんと答えるって言ったもんね」 花恋は小さく息を吐き、蓮司〈れんじ〉を見つめて言った。「私は蓮司のこと、今でも好きだよ。世界中の誰よりも好き」「蓮司さんはどうですか」「そうだね……うん、昨日言った通りだよ。僕にとって花恋は、本当に特別な存在なんだ。この先どんな人と出会うことがあっても、今の気持ちは変わらないと思う。 僕も花恋が好きだ。嘘じゃない」「ありがとうございます、花恋さん、蓮司さん」 そう言った恋が、肩を落として大きくため息をついた。「恋ちゃん?」「あ、いえ……お二人の気持ちをちゃんと聞けて、ほっとしたっていうか……でも、それならどうしてこんなややこしいことになってるのか、私には理解出来なくて」「だよね。なんでこんなことになってるのか、改めて聞かれると私も分からないよ。 昨日恋ちゃんに話したこと、それは全部本当だよ。どうして別れる決断をしたのか、そして今の自分がどう思ってるのか」「蓮司さんはどうですか? 花恋さんと別れた理由、やっぱり昨日言った通りなんですか」「正直に答えたつもりなんだけど、恋ちゃんは納得出来なかったんだね」「はい、全然納得出来てません。イベント慣れしてる私たちには分からない、現実はもっとシンプルなんだ……意味が分かりません」
「花恋〈かれん〉……」「……久しぶり、蓮司〈れんじ〉」 きまりが悪そうにそう言って、花恋が笑った。 * * * 突然訪れた再会。蓮司は混乱した。 どうして花恋がここにいるのか。 そんな蓮司に苦笑し、花恋が伏し目がちにつぶやいた。「さっきまで大橋くんといたんだ。そして別れてしばらくして、ここに来て欲しいってメールが来たの。蓮司と一緒だからって」「そうなんだ……とにかく久しぶりだね。元気だったかい?」「うん……」 腕を搔きながら照れくさそうにうつむく花恋。草むらで虫にやられたようだった。「ま、まあ座りなよ、そんなところで立ってないで」「ありがと。でもね、その前に」 そう言うと花恋は辺りを見回し、声を上げた。「恋〈レン〉ちゃん、蓮〈れん〉くん。あなたたちもいるんでしょ。出てきたら?」「え?」 再び蓮司が困惑した表情を浮かべる。 しばらくして、橋脚の陰から「えへへへっ、ばれてました?」と恋と蓮が現れた。「やっぱ私ですね。いい勘してます」「全く……こんなことだと思ったわよ。どうせ私の後をつけてきたんでしょ」「おっしゃる通りです、はい……ごめんなさい」「私のことだからね。その無鉄砲さ、予想は出来たわ。そして蓮くんはあなたの暴走に付き合わされた。違う?」「いえ、全くもってその通りです」「それと……ほら、涙拭きなさい」 そう言って、花恋がハンカチを恋の瞳に当てる。そしてその後で自分も涙を拭った。「あははっ……分かりますか」「当然。同じ赤澤花恋なんだから」「……大
「ありがとう、私なんかのことを好きになってくれて……二度も告白してくれて」 食事を終えた花恋〈かれん〉が、ティーカップを見つめ、囁くように言った。「いや、それはいいんだけど……と言うか赤澤、私なんか、なんて言わないでくれよな。俺はずっと赤澤が好きだった。赤澤以上に魅力的な女性、他にいないと思ってる。赤澤を好きになったことを後悔してないし、出会えて本当によかったと思ってる。 赤澤は決して『なんか』じゃない。そんな風に自分を貶めないでくれ」「ごめんね。でも……なんでだろう、無意識の内に言っちゃうんだよね」「それは黒木のせい、なのか」「どうだろう……でもそうね。うん、そうかもしれない」「黒木と別れたのは自分のせい、そんな風に思ってるからなのか」「私は……蓮司〈れんじ〉といて楽しかったし、幸せだった。人から見ればね、変わった二人だったと思う。特にイベントもなくて、ただただありきたりの日常をぼんやり過ごしてる、それが私たちだった。 私はその時感じる温もりが好きだった。そしてそれは、蓮司と一緒だから感じれるんだって思ってた。 でも付き合いが長くなっていって、お互い少しずつストレスが積もっていった。特に何がという訳じゃなく、ただなんとなく……穏やかすぎる日常ってのも考えものだよね。 そのありきたりの幸せに、いつの間にか気付けなくなってた、そんな気がするの。だからこれは、どちらが悪いってものじゃないと思う。ただ私は、私に愛情を注いでくれた蓮司に不満を重ねていった。馬鹿よね。 だから言ったの。私なんかって」「だから、と言われても納得いかないんだけど……赤澤の心には今も黒木がいる、そのことは分かったよ」「……」「返事、聞かせてもらっていいかな」「うん……あなたはいい人だし、
「俺は恋愛というものを、よく分かってなかった。と言うか、人が他人に対して何を思うのか、それが理解出来なかった」「どういうことかな」「自分にとって一番大切なのは自分、それ以外のことに興味がなかったんだ」「でも君は、いつも周囲に気を配ってたじゃないか」「それも自分の為なんだ。自分が心地よくいられる環境を作る、その為の行動にすぎないんだ。 だから俺はいじめを許さなかった。かわいそうだとか、正義感だとか、そんな理由じゃない。人が人を貶める、そういう場所にいたくなかったんだ」「動機が何であれ、それは結果として残ってる。君に救われた人たちは皆、君に感謝してると思うよ」「それでも俺は、自分の行いを正しいと思ってなかった。根本にあるのが自分の為、利己だからだ。 でも俺は出会ってしまった。自分のことより気になってしまう、そんな人に」「……」「赤澤と出会って、俺の人生は一変した。利己を追求してた筈の俺が、気が付けばいつも赤澤のことを考えていた。自分にとって嫌なことでも、赤澤が笑顔になるならそれでいい、そんな風に思うようになっていった」「君にとっての初恋、だったんだね」「そして俺は気付いた。他人のことに興味を持っている自分に。こいつは何を考えているんだろう、今楽しいのだろうか。どうすればこいつは笑ってくれるのだろう、そんな風にな。 それは俺にとって、初めての経験だった。気が付けば、俺の世界は変わっていた。広がっていた」「そういう風に感じれる君は、やっぱりすごい人だと思う」「赤澤に感謝したよ。彼女は俺に、世界がこんなにも温かくて優しいんだと気付かせてくれた。そして俺は……赤澤に恋をした」「……」「気付いた時にはもう遅かった。何をしていても赤澤のことを考えていた。自分の人生になくてはならない存在、そんな風にさえ思った」「君みたいな人にそこまで想われて、花恋〈かれん〉は幸せだと思うよ」「でも
「感想が正しいかどうか、そんなことはどうでもいい。お前には誰にも見えていない世界が見えている、そう思ったんだ。 俺も見える人間だと思ってた。おかげでクラスでも、みんながどう思ってるか、どう望んでるのかを感じることも出来たし、それなりに信頼もされていた」「君の洞察力の深さ、誇っていいと思うよ」「でもお前には、俺が見えないものまで見えていた」「買いかぶりすぎだよ。僕にそんな能力」「いいや、あるね。現に今だって、お前はずっと考えてる筈だ。俺が何を言いたいのか、何を望んでるのか、何に悩んでるのかって」「それは……いやいや、普通のことだろ? みんなそうして相手のことを考えて、関係をいいものにしようと思って」「そう言えるお前だから、俺は勝てないと気付いたんだよ。今お前、みんなって言ったよな。でもな、黒木。人ってのは、そこまで相手のことを考えて生きてる訳じゃないんだ。どちらかといえば、どうやって自分の気持ちを伝えようか、そればかり考えてるものなんだよ」「そう……かな」「ああそうだ。それに普通の人間は、お前みたいな生き方をしてたら疲れてしまうんだよ。人のことばかり考えて、言葉の裏を探ろうとして、本心を見抜こうとして」「……」「俺と一緒に、飯を食いに行くとする」「飯……う、うん」「俺は肉が食いたいと言った。お前は蕎麦がいいと思っていた。どうする」「……肉を食べに行くと思う」「だろ? でもな、普通は自分が食べたいものを勧めるんだよ」「そうなのかな」「ああそうだ。かくいう俺もそうだからな。そしてお前は思う。蕎麦が食べたかったけど、相手が嬉しそうだからこれでよかったって」「……確かにそうかも知れない。蕎麦を食べられたとしても、僕はずっと気になっていると思う。本当にこれでよかったのか、肉にした方がよかったんじゃない